照屋の宮崎スポーツblog(略称:てるスポ)
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新日本プロレスの宮崎応援プロジェクト
 12月18日、宮崎市の生目の杜運動公園体育館で新日本プロレスが、無料のチャリティー興行『心をひとつにがんばろう!MIYAZAKI~口蹄疫に負けるな~』を開催した。6試合が行われた大会は活気に満ち、選手も観客も互いに「元気をもらった!」と実感できるものに。7年ぶりの観戦だった自分は、プロレスのパワーを久しぶりに感じることができた。
 新日本プロレスの公式サイトは内容がとても充実していて、選手のコメントや試合の写真もあるレポートは中身が濃い。この記事の前に、まずは公式のレポートを読むことを勧めておく。

【参照サイト】
宮崎応援プロジェクト新日本プロレス
棚橋のアピール
 
入場無料のチャリティー興行

 宮崎県の口蹄疫が8月27日に終息してから、4ヶ月になろうとしている。しかし、口蹄疫が県内に残した傷は深く、原因に至ってはいまだに明らかにされていない。復興はまだまだ道半ばであり、多くの人たちが不安を抱えたまま日々を送っている。
 そんな宮崎の力になろうと、支援の輪は広がりを続けている。スポーツ界も然り。たとえば来年の1月10日、元サッカー日本代表の中田英寿氏が率いるTAKE ACTION F.C.が宮崎市でホンダロックSCと対戦するチャリティーマッチ『TAKE ACTION in 宮崎』が開催されることになっている。
 アクションはプロレスからも起こった。新日本プロレスがフェニックス・シーガイア・リゾートと日本旅行の協力を得て、宮崎市で無料のチャリティー興行を開催することになったのだ。その名も『心をひとつにがんばろう!MIYAZAKI~口蹄疫に負けるな~』。新日本プロレスは日本を代表するプロレス団体の一つであり、人気、実力を兼ね備えた選手たちを多く抱えている。プロレスファンではない一般の人も喜ばせられるのではないだろうか。新日本は過去にも、こういうチャリティー興行を行ったことがある。
ポスター


永田さん「元気をいっぱい持ち帰ってください」

 会場の生目の杜運動公園体育館は、宮崎市で口蹄疫が発生した跡江にある。ここの体育館はバスケットボールのコート2面ほどの広さで、観客席はない。1階部分に観客用のパイプ椅子が並べられ、入り口そばに新日本のライオンマークをあしらった選手用の小さいゲートが設けられた。
 入場できたのは、事前に申し込んだ、もしくは当日の16時前から並んでチケットを入手した人たち。満員とはいかなかったものの、客席の8割方は埋まっていたと思う。狭すぎず、広すぎずの会場はにぎやがだった。新日本の発表では1000人。日本旅行のツアーも組まれていたようだ。
 18時、TOTOの「Child's Anthem」が会場に流れ、オープニング・セレモニーの始まりを告げる。新日本本隊(ベビーフェイス)の選手たちが姿を現すと、場内が一気に盛り上がった。先頭の永田さんが着ている、オレンジのハッピの背中には『みやざき』と書かれている。
 リング上に選手がそろうと、大会の趣旨がアナウンスされ、東国原宮崎県知事のボイスメッセージ(“プロレス”という言葉がない、他のイベントでも流用できそうな内容)が流された。それよりもずっと力強かったのが永田さんの挨拶。「元気をいっぱい持ち帰ってください」といった言葉に拍手が起きた。
 選手たちが退場し、対戦カードが発表される。そして、プロレスファンにはおなじみ、新日本プロレスのテーマ曲と言っていい、EMARSON,LAKE & POWELLの「The Score」が流れると、手拍子が起きた。
開会の挨拶


新日本と自分、7年ぶりの再会

 大会前日、12月17日の夜。自分はバンの買い物に付き合っていた。会話のなかで、「来月、宮崎にノアが来るんだよ」と振った。すると、「明日、新日本が来るよ」と返された。「はぁ?」→「宮崎で無料でやるって」→「うそ?」→「2、3日前の宮日に載ってた」。寝耳に水。まったく知らなかった。帰宅して、弟にネットで調べてもらって、やっと把握できた。バンが教えてくれなかったら、大会の後に「え~! 新日が宮崎で無料でやってたのかよ! 行ってたのに~」となっていただろう。翌日は1時間前から並んで、当日券を手に入れることにした。
 自分は、小さい頃からのプロレスファン。特にアントニオ猪木と新日本プロレスが大好きな、いわゆる“猪木信者”“新日派だった。初めての生観戦は18歳の夏、宮崎県体育館での新日本。リングに選手が叩きつけられる音の大きさに驚いたこと、自分の頭上に飛んできた馳浩のTシャツをバンが獲ったことを憶えている。神戸大学に進学して、一番最初に観に行ったのも新日本。大阪城ホールで猪木を初めて見て、入場シーンだけで泣いてしまった(今では恥ずかしい過去)。それから、どれだけ会場に足を運んだかはわからない。関西と首都圏で過ごした20代は、とにかくプロレスを観に行きまくった。新日本とUインターの対抗戦は大阪から夜行バスに乗って行ったし、猪木の引退試合は弟たちと行ったし、破壊王(故・橋本真也)と小川直也のあの試合も東京ドームで目の当たりにした。
 しかし、2004年から自分のプロレス熱は冷めていった。ZERO-ONEの両国大会(2月29日)のメイン、破壊王と長州力の試合に失望させられたのがきっかけだったと思う。期待はずれの内容だったうえに、負けたのに平然と花道を戻っていく長州が許せなかった。裏切られた思いだったのかもしれない。足は徐々に遠のいていった(ただ、6月28日に後楽園ホールで観た『ハッスル・ハウス』の第1回は奇跡のような興行で、メチャクチャ面白かった)。新日本の最後の観戦がいつだったかは憶えていない。
 宮崎に移り住んだことも悪く影響した。当たり前のようにプロレスを観に行けた都会と違って、宮崎では年に2、3回行けるかどうか。宮崎に来る団体も限られている。テレビは地上波の放送すらない。“プロレス過疎地”でプロレス熱を保つことは、自分にはできなかった。プロレスというジャンル自体が求心力を失っていったことも大きい。昔話はできるけど、現在進行形のプロレスで話はできない――それが、今の自分だ。
 しかし、今回のチャリティー興行のことを知って、すぐに「行きたい!」と思った。心がメラメラと燃えた。「チケットが入手できなかったらどうしよう」と不安にもなった。それぐらいに行きたくなった。無料だから動かされたのかもしれないけど、生で、現在進行形の新日本プロレスを体感してみたくなった。
 会場に入って、昔を思い出すように場内を見回しながら、自分が座る席を探した(前から6列目の席にした)。オープニングで永田さんや金本、天山など昔よく見ていたレスラーたちの姿が視界に入って、目頭が熱くなった。浦島太郎が現世に戻されたように。最初だけで感激してしまった。


全6試合の対戦カード

 じつは、対戦カードには期待していなかった。無料の興行だけに、試合数は4試合程度で、選手も日本人の中堅や若手が中心だろう――と。だから、いい意味で裏切られた。対戦カードは以下の通り。結果も併記する。
 選手は、日本人の主力もいるし、IWGPヘビー級王者ながらフリーの小島もいる。1月4日の東京ドーム大会の前哨戦が2試合あるし、若手のチャレンジマッチ的なシングルも2試合ある。地方の、しかも無料の興行にしては、いいカードを組んでくれた。これには、ネットで結果を知った弟も驚いていた。

【第1試合 シングルマッチ】
井上亘 vs タマ・トンガ
 ○井上(8分29秒、スピアー・オブ・ジャスティス→片エビ固め)トンガ●

【第2試合 シングルマッチ】
中西学 vs キング・ファレ
 ○中西(7分42秒、アルゼンチンバックブリーカー)キング●

【第3試合 6人タッグマッチ】
永田裕志、金本浩二、タイガーマスク vs 高橋裕二郎、内藤哲也、石井智宏
 ○タイガー(14分15秒、マスク剥ぎによる反則)石井●

【第4試合 6人タッグマッチ】
天山広吉、田口隆祐、プリンス・デヴィット vs 飯塚高史、邪道、外道
 ○天山(12分13秒、アナコンダバイス)外道●

【第5試合 タッグマッチ】
中邑真輔、矢野通 vs 真壁刀義、本間朋晃
 ○中邑(12分27秒、ボマイェ→片エビ固め)本間●

【第6試合 タッグマッチ】
棚橋弘至、後藤洋央紀 vs 小島聡、タイチ
 ○棚橋(17分15秒、ハイフライフロー→片エビ固め)タイチ●


試合の感想など

【第1試合】
 井上は、自分が新日に通っていた頃は若手だったから、特に印象には残っていない。タマ・トンガはなんと、あのキング・ハクの息子だ。ただ、豹柄のコスチュームや高い跳躍力を活かしたファイトスタイルは、ジミー・スヌーカを思わせる(コーナーからのダイビング・アタックで「Super Fly!」と叫んでいた)。
 観客のノリが良かったせいか、第1試合から盛り上がった。一方的な展開ではなかったし、トンガの奇抜なアクションや奇声が観客に受けていた。
 自分は井上の、当たる寸前に力を抜く前蹴りを見ながら、「これがプロレスだぁ」と悦に入ってしまった。ブレーンバスターのようなアクションの大きな技も「わかりやすくて良いよな」と思えた。昔はいちいち、そんなこと思いもしなかったけど。
トンガvs井上

【第2試合】
 大男同士の対戦。キング・ファレ(193cm)は、ラグビートップリーグのサニックスで2年間プレーしていた元ラガーマン。今年4月にプロレスデビューした。そのときも相手だった中西(186cm)は筋骨隆々の肉体派レスラー。胴体、腕、脚と各パーツともに太く、太すぎる首はないようにも見える。ズゴックに似ているかも。中西といえば、1999年のG1 CLIMAXを優勝した後に、東京ドームで武藤敬司のIWGPヘビーに挑戦した試合を思い出す。負けたけど、良い試合だった。
 試合は中西が厳しく攻めて、ファレがなんとか食らいつくという展開。大男同士の肉弾戦は迫力があるし、中西の技は一発一発に説得力がある。最後は野人アピール(地団駄を踏む)→ラリアット→アルゼンチン・バックブリーカーという中西のフルコースで料理してくれた。
 ただ、試合後のマイクアピールは……。東国原知事は専修大学の先輩で、素敵な先輩だから、ついて行ってください――という内容だったのだけど、あと1ヶ月で辞める人について行ってくださと言われてもねぇ……。次の知事を決める選挙の真っ最中なのに。でも、実直だけど空気が読めないところも中西の魅力なのだろう。「おまえは、それでいいや」と思って済ませた。
中西のブレーンバスター 中西のアルゼンチン・バックブリーカー


【第3試合】
 GHCジュニアタッグ王者(金本&四虎)が永田さんと組んで、NO LIMIT(高橋&内藤)らを迎え撃つ。ベビーvsヒールという構図がはっきりしていて、これに観客も乗れたからか、一番盛り上がった試合になった。
 永田さんの会場人気は高かった。永田さんといえば、ZERO-ONE旗揚げ戦のメイン、破壊王と組んで三沢光晴&秋山準と戦った試合だろう。あの試合では、プロレスファンとしての喜びを感じたなぁ……。試合後の乱闘も最高だった。金本は、プロレス初観戦の第1試合に出ていた選手。西村修(現・全日本プロレス)とのシングルマッチだった。タイガーマスク(4代目)は宮崎県のカラーを意識したのか、オレンジのマスクとコスチュームで登場。ネットでの評価は芳しくないけど、UFO旗揚げ戦の第1試合(vs日高郁人)ではハードヒットのメチャクチャ面白い試合をしてくれた。
 NO LIMITはよく知らない。石井といえばWJの旗揚げ戦。「ノアの武道館に行けばよかった」と今でも後悔するほどの酷い興行だったけど、第1試合(石井と宇和野貴史のシングルマッチ)だけは鮮烈に輝いていた。若い2人が身体を張ってゴツゴツの試合をやったのに、メインの長州は……。
 NO LIMIT&石井は急所を攻撃したり、観客に悪態をついたり、四虎のマスクに手をかけたりとヒールファイトに徹した。これを耐えた新日本本隊の3人が反撃するたびに、場内からは拍手大歓声。金本が観客を煽りながら顔面ウォッシュを見舞ったときは特に盛り上がった。この一体感こそがライブの魅力だ。試合の終わり方は唐突な感もあったけど、四虎のマスクがあまりにも鮮やかに脱げてしまったから“フィニッシュ・ホールド”としては申し分なかった。本当に「スポーーーン!」と脱げたもんなぁ。ビックリした。
永田・金本・タイガーvs高橋・内藤・石井 マスク剥ぎ

【休憩】
 リング調整のため、10分間の休憩。会場に流れていたのは、メロディック・スピードメタルのDRAGONFORCE。売店では中西のサイン会が行われていた。
 高橋に「内藤さん、写真お願いします」と間違えて言ってしまったファンがいて、「内藤じゃねぇよ」とあしらわれていた。でも、自分も会場に来るまではNO LIMITのどっちがどっちか区別できなかったから、ちょっと同情できる。邪道と外道なら間違えないけど。
サイン会の中西

【第4試合】
 東京ドームで対戦する天山と飯塚が、互いにジュニアのタッグ屋を従えての前哨戦。これもベビーvsヒールの試合で、盛り上がった。
 天山は、かつては主にタッグ戦線で活躍したトップレスラーだった。しかし、近年は怪我に悩まされて11月に復帰したばかり。もともとはタフなレスラーで、大阪で昔観たIWGPタッグ戦(橋本&平田vs蝶野&天山)では破壊王の垂直落下式DDTで脳天から叩きつけられたのに、その後も戦い続けていたほどだ。
 田口&デヴィットの『Apollo55』は、観るのを一番楽しみにしていた2人。デヴィットはIWGPジュニアのチャンピオンで人気、実力ともに高い。田口は、先月あったジュニアタッグリーグ(ディファ有明での5連戦)を観た限りでは、新日本所属の日本人ジュニアのなかでは一番動ける選手だと感じた。この2人は、今年のプロレス大賞のベストバウト賞(vs飯伏幸太&ケニー・オメガ)も受賞している。
 飯塚は、制御不能系のヒールになるとは思わなかった。客席を暴れながら入場してくるなんて、村上と戦ってた頃までしか知らない自分には想像できなかっただろう。邪道と外道は、死ぬまで仲間割れしないと思う。
 試合は天山と飯塚の絡みを軸にした、場外戦ありの荒れた展開に。最後は天山が得意技で畳み掛けて、外道をアナコンダバイスで仕留めた。天山がモンゴリアン・チョップをするとき、「シュー!」と声を出した奴は90年代のファンだろう。自分もやった。昔は嫌いで、絶対にやらなかったけど(川田に対する「シャー!」も大嫌いだった)。今回は自然と口に出していた。そうそう。カーフ・ブランディング(子牛の焼き印押し)なんて久しぶりに見た。オールドファンなら、ディック・マードックを思い出したことだろう。
 Apollo55はいい動きをしていたけど、クライマックスの流れのなかで脇役になってしまったから、片鱗しか見られなくて残念だった。
天山と飯塚

【第5試合】
 CHAOS(中邑&矢野)もG・B・H(真壁&本間)もヒールユニットではあるけど、互いに対立しているし、G・B・Hはベビーターンしたも同然となっている。この試合については内容には触れず、選手の思い出だけを語らせてもらう。自分は、この試合を特別な気持ちで見ていたから……。
 中邑のデビュー戦は観た。相手は安田忠夫。会場は日本武道館だったから、大型新人という扱いだった。その後は最年少でIWGPヘビー級王者になるなど、デビュー時の期待通りの軌跡を歩んではいると思う。でも、矢野(上田馬之助っぽいヒール)と組んでるのは違和感があるなぁ。矢野と真壁に関しては思い出なし。
 さて……。本間なんだよ……。自分は2000年からしばらく、CZWが参戦していた頃の大日本プロレスにはまって、よく観に行ったんだよ。初観戦が2000年5月14日に新川崎の河川敷であった、第1回のワールド・エクストリーム・カップ(WEC)。初めて観た本間の試合はザンディグとの準決勝で、テーブルをピラミッドのように組んで、本間を一番上に載せて、ガソリンをまいて燃やして、ザンディグがトラックの上からボディプレスをかますというハチャメチャな攻防に度肝を抜かれてしまった。それからは大日本に行くと、本間とザンディグのシングルがメインということが多かった。レモン&ソルト&マスタード・デスマッチとか、サボテン・デスマッチとか(相手は違ったかも)。最後の11月、横浜文化体育会館のメインはガラス&ボブワイヤーボード・デスマッチだった。8月の秋葉原(メインでリングが炎上!)では、本間はマッドマン・ポンドとのシングルだったんだけど、ポンドの脚が折れて180度反対の方向を向いてしまって、これも絶大なインパクトを残した。11月の試合の後に本間は大日本を退団してしまい、当時の自分は残念でならなかった。本間が大好きだったから。デスマッチ・ファイターとして、凄く輝いて見えたから。
 あれから10年。まさか、新日本のリングで本間を見ることになるとは……。じつは自分、上着の下に第1回WECのシャツ(本間のイラスト付き)を着ていた。もう、本間はデスマッチ・ファイターではないけど。苦い再会だったな……。でも、本間のことは応援してる。
真壁のパンチ 本間の背後から…

【第6試合】
 1.4ドームのメインで戦う2人、小島と棚橋の前哨戦。小島の試合はたくさん観ているはずなんだけど、記憶に残っている試合はない……。ただ、サインの求めに気軽に応じたり、ファンがカメラを向けるとすぐにポーズを取ったりと、ファンサービスにとても熱心で、好感が持てた。棚橋は、昔から好きになれないレスラーだ。新日本のエース像としてはどうなのかなと……。背中を刺された後の復帰戦は観ていて、たしは相手は中西だったと思う。
 小島と組んだタイチは、もともとは小島と同じ全日本プロレスの選手。『ハッスル!』での川田とのコントで注目されたのを憶えている(当時のリングネームは石狩太一)。きらびやかな白のコスチュームに金髪という出で立ちだけで、ナルシストなキャラというのがわかる。棚橋を「ブサイク」呼ばわりしたり、そのナルシストぶりは棚橋を上回っていた。さらに、小島を盾に“虎の威を借る狐”ぶりも見せつけていた。後藤は思い出がないし、この試合では影が薄かった。
 最後は、棚橋がスリングブレイド→ハイフライフローと畳み掛けて試合を決めたけど、どちらも必殺技としての説得力は高くなかった。やはり、棚橋は好きになれんな……。小島は、王者らしい貫禄ある試合振りだった。ただ、ダイビングエルボーで足で着地してから肘を落としていたのは、明らかに不自然な動きだった。夏に手術した左肘がまだ不安なのだろうか。
小島・タイチvs棚橋・後藤 ハイフライフロー

【棚橋のマイク】
 リングを下りようとしていた棚橋が、客席の声援に応えて戻り、みずからマイクを握って大会を締めた。「新日本プロレスが、宮崎に戻ってきたぞ~~! 宮崎の方々、チョー元気いいですね。俺が元気をもらいました。ありがとうございました。また宮崎で試合があるときはよろしくお願いします。(途中でエアギターをやって)宮崎の皆さ~ん、愛してま~~す!」。最後は会場中をまわって、ファンとハイタッチしまくってくれた。
 エアギターのとき、ギターの音がわざわざ流れていた。改めて「棚橋は好きになれんな」と思った。でも、ハイタッチはしっかりやってしまった……。これを弟に話したら、呆れられてしまった。
棚橋のマイク


プロレスのパワー

 プロレスファンとして、宮崎県人として大満足の興行だった。なんといっても無料! 自分は前から6列目、特別リングサイドで観戦したのだけど、通常なら6千~7千円はかかる。選手の顔ぶれや対戦カードも無料の興行とは思えないもので、前座からメインまでどの試合も好内容だった。こんな素晴らしいプレゼントを与えてくれた、新日本プロレスと大会関係者の方々には本当に感謝したい。
 選手の口から、「皆さん元気ですね」、「こちらが元気をもらいました」という言葉が出ていたのは、宮崎の一県人として喜ばしい。選手も良かったし、お客さんもノリノリで良かった。自分も久しぶりに楽しませてもらったし、元気にさせてもらった。
 プロレスには人を元気にする力がある――。この大会の後、7年前の出来事を思い出した。2003年6月5日、後楽園ホールであったZERO-ONEのメイン、破壊王と横井宏孝の試合後のことだ。敗れた横井が、破壊王に「頭、坊主に丸めて、一からプロレスラーとして頑張ります」と言った。破壊王は椅子を持ってこさせて、横井の頭にバリカンを入れた。破壊王は「横井、すげーよな。もっと強くなって、もう一回やろう!」と声をかけた。そして、横井を呼び止めて、改めて言った。「いま全部、恥かいちまえよ! 一緒に恥かこう!」と。このとき、自分はハッとなって、目頭が熱くなった。いろんなことで悩んで苦しんでいた自分を、破壊王が励ましてくれたと感じたから。横井に向けられたあの言葉は、会場にいた人たちすべてに対しての叱咤激励だったと思っている。自分は元気になって、数日後に頭を丸めた。そういうことがあったなぁ……。
 本当に、久しぶりにプロレスで楽しませてもらった。また、テレビでプロレスをちょこちょこ見ていこうと思う。
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