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| エストレーラ宮崎FC・坂上代表インタビュー(後編) |
新しく動き出すエストレーラ宮崎FCについて、坂上司代表がたっぷり語るインタビュー。後編はクラブの運営、昨年の回顧、今年の目標、そしてこれからについて。 今年の目標
――今年の運営スタッフは?
照屋。
――はぁ?(苦笑)
まあ、基本は選手だよ。昨年と一緒で、選手たちが自分でやる。
――コントロールするのは坂上さん1人、と。
県リーグに関しては大掛かりにやることはないから。組織はシンプルでいい。
――もしもKyuリーグに上がったら?
クラブとしての一番の目標はNPO法人化。法人化に向けた動きは進めている。その中からスタッフが出てくるだろうし、そこは必要に応じて手伝ってもらえるようにしたい。
――スローガンは?
『前へ!』というのにしたい。前を進む、前を向く、前を見る。
――目標は?
リーグ優勝。決勝大会を勝ち抜いて、Kyuリーグに昇格する。当然だよ。上がらなきゃいけないと思う。
――天皇杯は?
行けるとこまで。
――どこまで?
優勝。
――元日ですか?
それは生涯の夢(笑) 宮崎県代表になる。甘くないというのは十分わかっている。リーグ戦でも、天皇杯でも難しい試合が続くことは。何よりも周りにいる人たちを幸せな気分にしてほしい。支えてくれる人たちのためにも。すべての人に捧げたい。個人的には1つも負けたくないし、1点も取られたくない。
――とりあえず、ホンダロックSCと戦えるまでは行きたいですね。あそこの応援団に1人で立ち向かうレイさんを見たいんですよ! 気合いが相当違うと思いますよ。
だろうね。
――運営の目標は?
NPO。
――スポンサーは? 今年も胸は『サロン・ド・フジエ』、背中は『ぎょうざの丸岡』ですか?
そう。新しいスポンサー候補は2つ、3つあるよ。スポンサーは増やさないと。
――まだ、袖とパンツに入れられますね。
勝ち上がるには環境を整えないといけない。
――スポンサー獲得は昨年の大きな成果でした。レイさん曰く、プロフェソール宮崎の『大成住宅』以来だそうで。つまり、サン宮崎FCになってからは初めてだった。
県リーグにカテゴリーが落ちてスポンサーが付くのは凄いし、ありがたいこと。このチームに広告宣伝価値はまだない。なのに、チームに手を差し伸べてくれた。親でもなければ、子でもない。そういう企業があるというのを重く受け止めないといけない。クラブとして襟を正さないと。サッカーだけじゃなく、そこらへんで選手たちには規律を作るし、厳しくしようかなと。
――規律とは?
挨拶とホウレンソウだよ。
――サポーターも増やしたいところです。
自分たちが楽しくやらないと広がらないと思う。「楽しいからやってる」じゃないと。
――それは確かに。お通夜みたいなサッカーはもう勘弁です。
定期的にサッカー以外のこともやっていきたい。子供でもいい。肩肘張ったものじゃなく、練習場の脇で焼肉の焼ける匂いがして、練習後に一緒に食べてる感じかな。
――ウチなら餃子でしょ。
餃子焼いて(笑)
――ホームページは?
発表と同時にホームページを変更させたいと思ってる。ただ、管理してる人におめでたいことがあったからさ(苦笑)
――テレビは?
テレビも出たいし、ラジオも出たいし、新聞も出たいし、雑誌も出たい。今年はいろんなところに選手を売り込んでいきたい。
――クラブの業務計画は?
法人化するし、クラブハウスが欲しい。
――練習場は?
1ヶ所でできるほど甘くない。NPOになったら行政と交渉しながら、今までどおりやっていきたい。「使っていいよ」と言ってもらっている学校もある。ただ、好意で貸してくれているのに、2、3人とかでやるわけにはいかない。きちんと人数が揃って、チームとして機能するようにしてから頭を下げてお願いしようと思う。
――ライバルは?
全部。
――特には?
特にどこってのはないよ。目の前にある勝利を1つずつ積み上げていかないと。常にベストを尽くして、1つも負けたくないし、1点も取られたくない。
サン宮崎FCとしての2006年
――昨年のことを聞きます。1年を振り返ってどうですか?
トータル的に見ると初心者マークだった。甘かった。
――リーグで5位という成績は?
あれが実力。順位どおりだったのかなと。
――体力やパフォーマンスなど、時間の経過とともにチーム力が落ちていったことが一番の原因かと思いますけど?
だから負けたんじゃない? 現場ではいろいろ言い訳を考えるけど、一晩たつと「実力がないから」に落ち着く。負けた原因はコンディションやパフォーマンスじゃなくて、相手のほうが点を取ったから。ウチは点が取れなかったから。練習ができないとか、他のチームもみんな一緒。みんなそう。それを理由にはできない。
――秋山監督にとっては厳しい1年目だったかなと。
勉強になったんじゃないかな。
――シーズンを通して選手をコントロールすることの難しさを感じたのではと。
そういうチームにしたいとも思わないし。相反するものだよ。地元のチームとしてのアットホームさ、クラブチームとしてのアグレッシブさは。相反するものだけど、何とかして両立したい。
――そうしないと上がれないでしょ。
すべてを強化するのは話題性はあるけど。
――でも、それは金が必要。宮崎でそれをやるのは現状、無理でしょう。地道にやるしかないです。
そうだね。時間をかけてやりたい。
――県リーグでやれて大きかったことは?
地元のチームとしてのアットホームさだよ。強くなって上にいくとき、昇格したときに県リーグの人たちが後ろについて応援してくれるチームであるかどうか。それは昨年の最重要課題だった。
――延岡市SCのKyuリーグ挑戦というのは多くの人が応援していたし、それが励みになると那須監督も話していました。
そういう意味では、サッカーの成績は良くなかったけど、クラブとしての信用は上がったし、自分たちのやりたいことを理解してもらえたのではと思う。だから楽しいよ、今年は。スポンサー獲得よりも大きかったことじゃないかな。将来のエストレーラの財産になる。それぐらい大事な一年だった。
エストレーラ宮崎FCのこれから
――坂上さん自身、産経大サーフィン部の監督ですけど、野球など他のスポーツとの関わりはどうでしょうか?
イベントとしてコラボレーションして、他のスポーツと交流を深めるのはありかもしれないけど、今はまだ自分たちのことで精一杯だから。でも、機会があったら、一緒にやってみたいと思う。
――今後、どういった形でクラブをステップアップさせていきたいですか?
一人で作るもんじゃない。クラブやチームは生き物。植物なら雨が降ったり、土とか肥料があって木になる。自然のなかで育まれていく。それと一緒で、エストレーラというチームは種が今年蒔かれた。水をあげたり、雨乞いをしたり、自分たちで育てる努力はするけど、まわりからの自然的に発生したものでないと大きい木にはなれない。そうなる努力は惜しまない。ただ、無理して計画を立てて、外からの力でチームを作り上げようとしても上手くいかないと思う。自然には逆らえない。これはサーフィンから学んだことだよ。
――自然に逆らったのがプロフェソールだったんでしょうか。
勝負をかけるときは来ると思う。それまでじっくり見ようかなと。
――Jリーグのヒアリングには参加しますか?
勉強はしていくけど、上がるのはチームだから。安定して運営できるようにならないと意味はない。ああやりたい、これやりたいというのはいろいろあるよ。まずは県リーグで優勝して、昇格して、宮崎代表にならないと。
――21世紀に入ってから、宮崎県の社会人サッカーは停滞したままではと感じています。2000年のプロフェソール宮崎以降、Kyuリーグに昇格したチームはいませんし。
協会の人と「これでいいのか?」という話はしているよ。自分たちは忘れ物を取りに来た。次上がるときは、それを持って上がらないと。
――この記事を読んでる人に伝えたいことはありますか?
今年はやるしかないと思ってる。“Go For it !”。みんなそう思ってるはずだよ。やるしかないよ。結果を残さないと。いろいろあるけど、目先の相手を倒していく。そういう意味では、みんながライバル。一戦必勝だよ。
――そうそう。コンセプトを。
“大人が楽しめるチーム”。これがコンセプト。これに基づいた企画をしていこうかなと。それはお楽しみに。とにかく、ゆっくり急ぎたい。時間はないけど地道にね。
あとがき
満足していることが3つある。1つ目はチームの名前、イメージなどの変更。今はもう、プロフェソール宮崎や初期のサン宮崎FCに関わっていた人間はいない。チームを動かしているのは坂上代表、秋山監督、そして今いる選手たちだ。昔の人間が作った『サン宮崎FC』という名前はもう必要なかった。やっと、新しいチームとして、すっきりした気分で動くことができる。 2つ目はチーム始動の早さ。昨年の最終戦が終わった直後から、いやそれ以前からチームは準備を進めていた。昨年は失敗している。最初のトレーニングマッチができたのは、開幕1ヶ月前だった。3つ目は新加入の選手が続々と集まっていること。応募してくれる人がいるのはありがたい。残留した選手たちの働きも大きい。おかげで、今年は3月から公式戦に出場することできる。昨年よりはずっと面白い。 選手の半分が去ったのは本当に残念だ。彼らには感謝している。シーズンの最後まで戦ってくれたから。残留してくれた選手、新しく加入した選手には大いに期待している。2回目のセレクションも楽しみだ。ただし、今はまだ初期の段階。問題なのはシーズンが始まってから最後まで。昨年はここでも失敗している。今年はチーム一丸となって、仲間みんなが結束して戦ってほしい。 結果はともかく、1年を通じて県リーグを戦ったことは大きな成果を生んだ。それは、坂上さんが語っている通り。クラブチームの運営について、加藤久氏が2004年10月5日の琉球新報でこう語っている。『資金の獲得だけでなく、行政を動かす人的なネットワークと大義をつくること、県内のサッカー関係者やサポーターの後押しを得ることなど、チーム運営に携わる人間には日々の地道な努力が要求される』と。地道にやっていくしかない。
【参考サイト】 エストレーラ宮崎FC
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