照屋の宮崎スポーツblog(略称:てるスポ)
宮崎市在住のフリーライター・照屋による、宮崎県のスポーツサイト。自分の本音を添えて、リアルに伝えます。
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Author:照屋もりよし
宮崎市在住のフリーライター。高校までサッカー、10年前までムエタイをやっていた。最近は四股50回が日課。

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WBC連覇
 多くの人がそうであったように、自分もまた、ここ10日間はWorld Baseball Classicの途中経過と結果が気になってしょうがなかった。しかし、今日の決勝だけは情報をシャットアウトするつもりでいた。試合が終わってから、結果だけを見ようと。決勝は負けると滅茶苦茶悔しい相手だからというのもあったし(関わることすらイヤ)、胃に悪い展開になるという予感があったからなのかもしれない。
 ところが、バンの野郎から「7回に入って1対1」というメールが入って、気にせざるを得なくなってしまう。しょうがなく、仕事の合間に近隣のテレビを覗いて、8回終了時点で3-2なのを確認。1点とはいえリードしていたし、あとアウト3つで勝利だから、安心した。あとは、バンから勝利を告げるメールが来るのを待とうと。
 ところが、メールがなかなか来ない。40分経っても来ない。凄く不安になってしまった。「もしかして延長戦? いや、もしかして逆転サヨナラ負け?」と。居ても立ってもいられず、急いでイオンの電器店に向かった。テレビを見ると、スコアは5-3。イニングは10回表。「あ、やっぱり延長戦じゃん」と。オイオイと思いつつも、2点をリードしていたから安心した。そこからは、皆さんもご存知の通り。
 テレビの周りには、多くの人が集まっていた。10回裏、ダルビッシュがアウトを取るたびに拍手が起きる。そして、最後の瞬間。三振で試合が終わった瞬間、拍手と歓声が起きた。自分は凄い喜びと感動に包まれると同時に、ずっと抱えていたような重苦しさから解放された。ガッツポーズをした後、バンに「勝ったぞ!」とメールを送った。
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Kyuリーグに在籍した宮崎のチーム
 九州サッカーリーグは1973年に始まった。宮崎県からは、これまでに4チームが参戦している。
 最初は宮農クラブ。参戦2年目の第4回では準優勝という成績を残す。この年からは三和楽蹴クラブも参戦し、8チーム中2チームが宮崎勢だった。第7回からは、三和楽蹴クラブと入れ替わるように宮崎教員団が参戦。しかし、第8回で宮崎教員団、第10回で宮農クラブが降格して宮崎勢は姿を消す。それからは本田ロック、宮崎教員団が一時的に参戦した。
 第25回(1997年)、ホンダロックが復帰。第28回で2位の成績を残す。そして第29回、プロフェソール宮崎FCが宮崎県勢として初めて優勝し、全国リーグ(JFL)昇格を果たす。第32回ではホンダロックが初優勝し、JFLに昇格した。
 2007年の第35回は、JFLから降格したホンダロックが再び加わった。翌年も優勝はできなかったものの、地域決勝で3位に入り、JFL復帰を決めた。

≪九州リーグの宮崎チーム≫
・宮農クラブ(1975~1982年)
・三和楽蹴クラブ(1976~1978年)
・宮崎教員団(1979~1980年、1990~1992年)→プロフェソール宮崎FC(2001年)→サン宮崎FC(2003~2005年)
・本田ロック(1986~1987年)→ホンダロック(1997~2004年、2007~2008年)
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Jクラブ設立委員会第1回会議の議事録を見て
 Jリーグ参入を目指すチームが、全国各地でしのぎを削っている。そんな“J参入戦国時代”にあって、宮崎県は、JFLにもKyuリーグにもJリーグを目指すチームが無いうえに、具体的な動きもまったくない。動きがあるのはバスケットボール(bjリーグ)で、“宮崎初のプロスポーツチーム”が誕生するとしたら、こちらのほうに分がある(bjリーグの社長も企業回りに帯同していたのは驚いた。しかし、隣県の大分ヒートデビルズは約2億円の累積赤字を抱えるなど経営難で苦しんでいる)。
 そんな状況もあり、自分は8月にこのブログで「上を目指したい選手や地元のチームを応援したい人たちの期待に応えられるような市民クラブができ、あわよくばJリーグに」という夢を封印すると宣言した。3ヶ月たった現在では、もうすっかり諦めている。どれだけ難しいかは、宮崎県庁のこの回答を見てほしい(携帯の人は見れません)。
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馬鹿ノ鵬
 オリンピック中継の合間に、チャンネルをニュースに変えたらビックリした。「うぉ~、うぉ~、やりやがった、やりやがった!」と1分間ほどわめき続けた。“間垣部屋のロシア出身力士”とか“幕内上位”とか、四股名を伏せていても誰かすぐにわかる。大相撲ファンにとっては、大麻所持による若ノ鵬の逮捕は不意打ちだった。
 若ノ鵬は20歳の若さで幕内上位にいるほどだから、有望株(だった)と言っていい。身長は195cm、体重は160kgある。自分も幕下の頃から注目していた。把瑠都との優勝決定戦は今でも憶えている。
 しかし、上に来たら粗が目立つようになった。目先の白星にこだわっているのか、若さゆえにコントロールがきかないのか、相撲内容や作法への批判は多かった。特に名古屋場所での安馬戦。奇襲のジャンプで勝ち、しかもガッツポーズを見せた若ノ鵬に眉をひそめた人は多かっただろう。「次に跳んだら引退する」とか言っていたくせにうやむやにしていたから、今回の事件はちょうど良かったのかもしれない。出世も早かったけど、終わるのもアッという間だった(協会の処分はこれから決まる)。
 こういうことは今後も起きそうな気がする。師匠が心を教育できないのなら、外国人力士を部屋に入れるのはやめたほうがいい。
破壊王が亡くなって3年
 3年前の7月11日、プロレスラーの橋本真也(通称・破壊王)が40歳の若さで亡くなった。
 プロレスに熱中した20代の自分にとって、破壊王は一番のヒーローだった。関西と関東で過ごしたから、たくさんの名勝負を見ることができたし、思い出も作らせてもらった。このブログの紹介写真で自分が被っているライガーのマスクは、破壊王本人から手渡されたものだ。ZERO-ONE時代は、会場で何度も元気をもらった。川崎球場での電流爆破戦、破壊王が冬木の遺骨を抱えて自爆したとき、思わず「はしもとーーーーっ!!!!」と絶叫したなぁ……。自分を熱くしてくれた半面、両国の長州力戦でプロレス熱を一気に冷ましてくれたのも破壊王だった。良くも悪くも、自分のプロレス人生は破壊王とともにあったのかもしれない。
 久しぶりに“爆勝宣言”を聴いた。ほんとにとってもカッコイイ曲だ。涙が出てきた。今日は、『橋本真也34歳 小川直也に負けたら即引退スペシャル』をビデオ棚から引っ張り出して見た。この頃にはもう戻れないけど、破壊王のことも、このときの熱さも忘れることはない。
陸奥部屋の事件について
 相撲部屋で起こった暴力が、角界のみならず世間を騒がせている。今年の1月下旬、陸奥部屋の十両力士・豊桜が若手力士の頭を調理器具(おたま? 中華鍋?)で殴り、8針を縫う怪我を負わせていた。この若手力士が夏場所前の稽古中に首を骨折し、病院に運ばれたときに傷跡が見つかったことで、この件が明るみになった。
 問題にしたいのは、この若手力士が誰かということ。夏場所を休場している陸奥部屋の力士は1人しかいない。都城出身の岩永だ。どうして休場しているのか心配していたけど、まさか首の骨を折っていたとは……。
 自分は豊桜とも岩永とも話をしたことがある。豊桜は穏やかな人柄だったから、今回の事件には驚いている。「関取になったら気を配れるようにならないと」と口にしていたし、稽古中は若手によくアドバイスしていた。若手の育成に責任感を持っている力士だと思う。岩永については、要領が悪いというか、不器用そうに見えた。そういう面が、豊桜をカッとさせたのではないだろうか。一部メディアで報じられている「生活態度などがよくなく」というのは、違うと思う。そんな子には見えなかった。
 それよりも、首の骨折が心配だ。回復には時間がかかるだろう。回復したとしても、復帰できるかどうか……。今はただ、回復を祈りたい。
偵察
 2月15日の昼過ぎ。仕事を終えた後、足を伸ばしてシーガイアまで行ってきた。V・ファーレン長崎のTM(vs東京ヴェルディ)を見るために。生のV・ファーレンは一昨年の地域決勝以来、1年2ヶ月ぶりだ。
 銀行に寄って、イオンで買い物をしていたら、到着が遅れてしまった。というわけで、自分が見たのは20分程度だった。相手は東京ヴェルディのサテライトチーム。結果は1-0で、ヴェルディの勝ちだった。V・ファーレンは左サイドでワンタッチパスを縦横に何度かつなげてゴール前にボールを運ぶなど、ポテンシャルの高さは感じさせた。右サイドからはドリブルでのチャンスメイクがあった。相手ペナルティーエリア内で連係が合わなかったり、ミスが出たりで、シュートまでは持っていけなかったけど。ここらへんは修正して、開幕までに仕上げてくるだろう。
 じつはこの試合、ホンダロックSCのスタッフと選手が総出で観戦していた。ロックは午前、木花で鹿島アントラーズと試合をしていた(結果は1-8)。「ロックの関係者がいるかも」と思っていたら、たくさんいたからビックリした。やはり、ライバルは気になるということか。この2チームの争いはKyuリーグだけでなく、地域決勝まで続くことになるだろう。
 帰り、なんかやけに悔しくて、しかめっ面のまま自転車をこいでいた。原因はエストレーラ宮崎だと思うけど、何がどうなのかはっきり言い表せない。とにかく、悔しかった。
チームそのまんま?
 東国原知事が野球チーム『チームそのまんま宮崎』を結成して、2月9日に茨城ゴールデンゴールズと試合を行うことが決まっている。今朝、新聞に選手募集の記事が載っていた。
 しかし、夕方に見たニュースや一部の新聞は“初陣”だの“初戦”だのいう言葉を使って、2月の試合以後も活動していくように受け取れる報道をやっていた。「(´゚д゚`)えっ?」と思ったので、片岡さん(宮崎ゴールデンゴールズ)のブログを見たら、タイムリーに触れていた。それによると……

・チームそのまんまは2月の試合のためのチームで、クラブチームには移行しない
・宮崎GGにセレクションの協力要請が来ているし、野球を続けたい選手がいれば受け入れる

 う~む。一部報道がいい加減な伝え方をしてるってことだろうか。まあ、一発花火的なイベントとしては面白いのではないだろうか。宮崎GGに加入してくれる選手がいれば万々歳だ。
 はっきり言って、こういうニュースにはいい思いがしない。ガチ試合(公式戦)で勝つことを目的にしていないようなチームなんてどうでもいい。タレント効果に頼っているようなチームに、地域の活性化なんて期待していない。隣の熊本県はロッソ熊本のJリーグ参入で盛り上がっているのに、片や宮崎は…。宮崎県民の応援と期待を一身に背負って戦うチームを作らねば――ひたすらに、そう思う。

【参考サイト】
「チームそのまんま宮崎」発足…東国原知事が監督(スポーツ報知2007年12月6日)おやじ(監督)のチョット聞いてよ~
九州社会人サッカー選手権の個人的見所
 第43回九州社会人サッカー選手権大会が8月17日から19日まで、沖縄県総合運動公園サッカー場で行われる。大会にはkyuリーグ4チーム、各県代表8チームが出場。決定戦を勝ち上がった2チームはホンダロックSC、ニューウェーブ北九州とともに全国大会(大分・10月13~17日)に出場する。自分は現地には行かない。
[READ MORE...]
朝青龍の出場停止に思う
 横綱・朝青龍の“夏巡業休場騒動”について日本相撲協会は8月1日、秋場所と九州場所の2場所出場停止、4ヶ月の減俸(30%)という処分を下した。朝青龍が今年、土俵に上がることはもうない。今回の処分は、今までのツケが来たとも言える。もう1人の横綱(白鵬)が誕生したからこそ、協会はこういう決断ができたとも言える。今回の件は多くのことを考えさせられた。
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北高が勝ったどー!
 7月15日の高校野球宮崎県予選1回戦。我らが宮崎北は宮崎学園と対戦した。そして、延長の末、4-2で勝った!
 北高ナイン、および関係者の方々、ごめんなさい。自分は負けるだろうと思ってました…。だからこそ、喜びは数倍増し! 結果を見ただけでこんなに喜ぶことはサッカーでもそうない。あまりにうれしくて、バンに電話してしまった(電話代がもったいねぇ)。あいつも喜んでたなぁ。で、電話し終わった後、試合に行かなかったことを後悔した…。
 次は18日、サンマリンスタジアムで本庄と戦う。行けるかはともかく、勝利を信じてるぞ(ToT)

宮崎北 001 000 010 000 2 │ 4
宮崎学 010 000 000 000 0 │ 2


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