照屋の宮崎スポーツblog(略称:てるスポ)
宮崎市在住のフリーライター・照屋による、宮崎県のスポーツサイト。自分の本音を添えて、リアルに伝えます。
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宮崎市在住のフリーライター。高校までサッカー、10年前までムエタイをやっていた。最近は四股50回が日課。

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テゲバジャーロ宮崎FCが河野知事を表敬訪問
 1月20日の宮崎県庁、テゲバジャーロ宮崎FCの発足会見が終わって1時間後の夕方。会見に出席したMSUや県サッカー協会の関係者が、河野俊嗣知事を表敬訪問した。
 柳田代表はチーム名変更と、2017年のJ3を目指すことを報告。知事は、チーム名やエンブレムについて「面白いですね」と感想を述べた。両者の歓談は15分ほど続き、柳田代表が新しいユニフォームをプレゼントすると、知事はすぐに袖に腕を通してくれた。写真撮影時にサッカーボールを用意するなど、知事はサービス精神が旺盛だった。

 さて。じつは、会見で出てこなかった話が、ここでいくつかあった。
 まず、知事がJ・FC MIYAZAKIとの関係について質問したとき、協会関係者が「一緒になってほしい」という希望の言葉を発した。「両方をバックアップしていく」とも述べた。
 次に、会見で一言も発さなかったメインスポンサー社長も交えてのやり取りのなかで、選手の雇用システムやセカンドキャリアについての意見がでてきた。
 柳田氏は、J3ライセンスを満たせば、地域リーグからでも飛び級でJ3に参加できるようなことを知事に説明していたけど、これは氏の認識不足である。2014年度から、J3に参加できるのは“JFLに所属するJリーグ百年構想クラブのみ”だ。グルージャ盛岡のような特例はもう発生しない。
知事室 知事
談笑 集合写真
テゲバジャーロ宮崎FCが宮崎県庁で発足会見
 テゲバジャーロ宮崎FCの発足会見は、1月20日に宮崎県庁の県政記者室で行われた。会見にはテレビや新聞などの報道各社が集まった。自分は柳田代表から声を掛けられていたので、都合のやり繰りをして臨んだ。
 MSU側の出席者は柳田和洋代表、鈴木博之事務局長、玉手伸幸企画室室長(司会進行)の3人と、村尾龍矢、チャンバレン・イファラ(ナイジェリア)の選手2人。それに、メインスポンサーであるバイオミストジャパンの川越広之代表取締役社長。宮崎県サッカー協会からは来賓として、日高勇二副会長、長倉春義事務局長が同席した。

 まずは、新チーム名の発表があり、名前の由来も紹介された。そして、柳田代表が「2017年のJ3加盟を目指してがんばります」と宣言した。
 つづいて、川崎フロンターレの大久保嘉人選手の応援メッセージ動画が紹介された。大久保選手は代表の知人らしい。このサプライズについては、年末に聞いていた。
 ユニフォームは、ホーム用FPユニについては、これまでのデザインを踏襲したものだ。アウェーは産経大カラーだったものから、青メインに変わった。
 スポンサーの紹介があった後、「未来を駆け抜けろ ~ Run through the future ~」というスローガンが発表された。今までの状況を一新して、次のステージに立っているという意気を込めてのものだ。選手代表として、村尾選手が「J3目指して、まずは九州リーグ優勝を目指して、チーム一丸となって戦っていきます。応援よろしくお願いします」と宣言した。
 そして、来賓の挨拶。日高副会長は「また一つ、子供たちが夢を持てる、毎日励みになるチームが誕生しました。大切なことはサポーターが増えること、みんなに夢を持たせて続けること。ぜひ九州リーグを突破して、J3に上がっていただきたい」とエールを送り、長倉事務局長は「2チームになりましたけども、県サッカー協会としても共同という立場で、精一杯手を携えて、一緒に向上していきたいと思います」と協力を表明した。

 質疑応答は当初、20分を予定していたものの、進行に空きができたため、45分になってしまった。
 質問が集中したのがスタジアム問題。会見後に「あれほど聞かれるとは……」と柳田代表が漏らすほどだった。J3スタジアム要件を満たす競技場が宮崎県内に無く、目途も立っていない状況だから、MSU側の回答は希望をほのめかすだけの、歯切れの悪いものに終始した。まあ、これはしょうがないだろう。これに関しては日高副会長が、専用スタジアムが理想であること、木花陸上競技場のメインスタンドの椅子席を5000人分に改修してほしいことを語ってくれた。
 J・FC MIYAZAKIについての質問があるのは、容易に想像できたこと。口火を切ったのは、JFCのスポンサーであるMRTだった。MSU側の回答はこちらも煮え切らないもので、切磋琢磨とか、共創といった言葉が出ていた。
 振り返ってみると、記者側は2017年という数値設定、そしてスタジアムの問題を危惧していたように思える。主だったやり取りは、この記事の後ろ側に記しておく。

 質疑応答の後に写真撮影があり、会見は1時間ほどで終わった。このニュースは、夕方にはネットを通じて全国に配信され、夕方テレビの各ローカルニュースで1分ほど伝えられた。そして、翌日の各朝刊に記事が載った。
会見の様子 ユニフォームの背中
ユニフォーム 集合写真
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テゲバジャーロ宮崎FCが発足! 柳田代表に聞く (6)
 2014年12月30日に行ったテゲバジャーロ宮崎FCの代表兼監督、柳田和洋氏へのインタビュー。ラストの第6回は、J3への評価を聞くとともに、筆者から厳しい注文を入れさせてもらった。経済的に自立できなければ、高尚な理念や理想など吹っ飛んでしまうことを忘れないでほしい。
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テゲバジャーロ宮崎FCが発足! 柳田代表に聞く (5)
 2014年12月30日に行ったテゲバジャーロ宮崎FCの代表兼監督、柳田和洋氏へのインタビュー。第5回は、宮崎県最初のプロクラブながら短命に終わった宮崎シャイニングサンズ、競合相手であるJ・FC MIYAZAKIについて語ってもらった。宮崎県ならではの難しさに向き合わないと、成功は得られない。
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テゲバジャーロ宮崎FCが発足! 柳田代表に聞く (4)
 2014年12月30日に行ったテゲバジャーロ宮崎FCの代表兼監督、柳田和洋氏へのインタビュー。第4回は、Jリーグ百年構想クラブ入りを目指すにあたって、11個の条件について質問した。自治体との協力体制作りが、ハードルの高い課題になりそうだ。
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テゲバジャーロ宮崎FCが発足! 柳田代表に聞く (3)
 2014年12月30日に行ったテゲバジャーロ宮崎FCの代表兼監督、柳田和洋氏へのインタビュー。第3回は、Jリーグ百年構想クラブ入りを目指すにあたって、3つの条件について質問した。ホームタウンやスタジアムはどうする?
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テゲバジャーロ宮崎Cが発足! 柳田代表に聞く (2)
 2014年12月30日に行ったテゲバジャーロ宮崎FCの代表兼監督、柳田和洋氏へのインタビュー。第2回は「テゲバジャーロ宮崎」というチーム名と目指すものについて。
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テゲバジャーロ宮崎FCが発足! 柳田代表に聞く (1)
 2015年1月20日、NPO法人のMSUが宮崎県庁で会見を行い、チーム名を「テゲバジャーロ宮崎FC(TEGEVAJARO MIYAZAKI FC)」に変更すること、そして将来のJリーグ参入を視野に活動していくことを発表した。MSUはこれまでもJ入りを匂わせてはいたものの、公の場での正式な意思表示は無かった。つまり、県民に対して初めて、本気を示したと言える。
 記者会見から3週間前の12月30日。代表理事の柳田和洋氏に会って、3時間ほど語ってもらった。場所は若草通りにある、MSUの公式サポーターズバーでもあるDAREYAMY'sをお借りした。記事のボリュームがかなりのものになってしまったので、6回に分けてお送りする。第1回はクラブの現状について。
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酷暑のサッカーと堀切峠
 2013年の7月14日。レイさんに誘われて、宮崎県サッカー2部リーグを観るために、日南市に行ってきた。社会人サッカーの観戦は2ヶ月ぶりだ。最近は少年サッカーばかりだったし、JFLには4月以来行っていない。観戦したのは朝の第1試合、JURI.SCvs宮崎蹴球団ドリームズというカードだった。
 7月8日に梅雨が明けてから、宮崎は35度近い暑さが続いている。「朝ならマシかも」と思っていたものの、9時に会場の日南総合運動公園に着いた時点ですでに、日差しが猛烈に強かった。確かこの日、日本で一番気温が高かったのは宮崎空港の36.2度だったはずだ。下手したら、熱中症になってしまう。そんな状況だから、この日は15分ごとに給水タイムが設けられていた。
 この暑さによる消耗を気にしてか、前半は互いにセーブしながら戦ってるように見えた。ディフェンス(ともに4バック)は攻撃に参加しないから、後ろと前の間隔が広がりがちだ。前半は1-0、蹴球団のリードで折り返す。JURIは選手の負傷交代という不運もあった。
 後半に入ると蹴球団に勢いが増して、開始8分で一気に3点を奪ってしまう。普通のサッカーなら、ここで勝負アリ……なのだけど、この試合はそうではなかった。JURIが1点を返すと、チーム全体でボールを持てるようになる。さらに1点を返すと、チームの士気が上がり、動きが良くなったように見えた。一方の蹴球団は、どんよりとした雰囲気に。
 この時点での自分の予想は「JURIの逆転勝ち」。じつは前半から、JURIがバイタルエリアでボールを持って前を向くシーンが幾度も見られていた。それで点が入っていなかったのは、もう1プレー、2プレーの精度が悪かったからである。蹴球団の守備は、お世辞にも良いとは言えない。特に両サイドバックが酷くて、クロスを許しっぱなしだった。そして、自分の予想通りに、17分残しの状況でJURIが1点差に迫ってみせる。
 しかし、ここから蹴球団が粘りを見せて、JURIに得点を許さない。そして、後半42分に5点目を決めて、蹴球団が5-3で勝利した。蹴球団は、これで4戦4勝。得失点差を大きく稼いでいるから、1敗以内なら優勝できると思う。
日南総合運動公園
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第48回宮崎県社会人サッカー選手権2回戦
 第48回宮崎県社会人サッカー選手権大会の2回戦が4月15日、宮崎県総合運動公園ラグビー場で行われ、宮崎産業経営大学FCなど4チームが準決勝に進出するとともに、天皇杯県予選の出場権を得た。

【関連記事】
第48回宮崎県社会人サッカー選手権の結果 (PC版) (携帯版)
PK戦
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ロックとMSUのTM
 3月29日の夜、シーガイアでホンダロックSCとMSU F.Cがトレーニングマッチ(30分×3本)を行った。結果は1-1(1-0、0-0、0-1)だった。
 ホンダロックSCはJFLで3連敗中で、3日後にホーム開催の第4節を、MSU F.Cは9日後に九州リーグの開幕を控えていた。ロックのメンバーは1本目がベスト、3本目がサブ中心、2本目が両方の中間といった感じ。
 1本目はMSUが耐える展開になり、終盤にミスで失点した。2本目はMSUの見せ場も出てきて0-0。ロックはポストに嫌われるなど、ツメが甘かった。3本目はMSUの見せ場がさらに増えて、1点を取り返した。ロックのチーム状態が今一つというのもあったのだろうけど、MSUが思ったよりも戦えた試合だった。9日後の本番に向けて、手応えをつかめたと思う。
 自分が一番楽しみにしていたのは、りゅうぞう(神谷)との再会だった。エストレーラ宮崎FCが解散した後、りゅうぞうが静岡に戻る前にレイさんと自分とで送別会をして以来だから、2年ぶりになる。その彼が、九州リーグでプレーするため、再び宮崎に来て、MSUに入団したのだ。りゅうぞうに対しては、サン宮崎FCとエストレーラで4年間頑張ってくれたことに対する感謝の気持ちを抱いていた一方で、九州リーグを経験させてあげられなかった申し訳なさもあった。だから、昨年暮れに話したとき、宮崎に来ることを勧めた。
 りゅうぞうは2日前に来たばかりで、MSUのほとんどのメンバーと顔を合わせるのは初めてという状態。しかし、本職はサイドバックながら、センターバックとしてフル出場し、持ち味を見せていた。本人曰く、コンディションを上げていくのが一番の課題だそうだ。九州リーグという舞台で、思いっきり楽しんでほしいと思う。自分は、レイさんに電話で軽く報告をしてから、会場を離れた。
MSUのメンバー



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